北海道へは,何度か行った。思い出は,たくさんある。しかし「十勝」と目にして,まず思い出すのは,黄色の丸い缶に入った「十勝バター」だ。
子どもの頃,父は北海道に出張に行って帰ってくると,お土産にこの缶入り十勝バターを「高級品」だと言って買ってきてくれた。缶を開けたばかりのバターの風味が懐かしい。スプーンですくって,そのまま口に運ぶ。たまらなくおいしかった。滅多に口にできない最高のごちそうだった。
戦後16年たって生まれた私には,「戦争」は,全く自分とは関わりのないものだった。でも,60年も生きてくると,16年前は,そう昔ではない。ほんのついこの前のことのように感じることもある。16年なんて,あっという間だ。遠い過去ではない年月になる。青春時代を戦争の中で過ごした両親にとっては,戦後16年は,まだ戦後だったのかもしれない。私は,「栄養」をとるという言葉をよく聞いたように思う。
「栄養」をとるための食事の一つが「バターご飯」だった。これは,ご飯茶碗によそったあったかい白飯の中央をくぼませて,そこにバターの塊を入れて,ご飯で蓋をするようにしてバターを閉じ込める。バターは白飯の温度で溶けて,うまみがご飯にしみ込む。そのご飯のおいしかったこと! でも,そのおかげもあって,私は「デブ」になった。…まあ,バターご飯を食べなければスマートになれたと言われたとしても,食いしん坊の私はバターご飯をやめられはしなかったと思う。と言っても,今の私は,何年もバターご飯を食べてはいない。
「十勝バター」の黄色い丸い缶を思い出したら,無性に恋しくなって,インターネットで探してみた。しかし,もう見つからなかった。缶を使うこと自体,もうあまりないようである。でも,北海道にまた行くことがあったら,作り立てのおいしいバターを塊のまま口に運んでみたいと思った。